精華の歩み

精華学園は、明治42年(1909年)、当時の婦女子の必須のたしなみとされていた裁縫技芸の学校(私塾)として、この分野で若き第一人者といわれていた下澤マツ(嫁して吉田マツ)によって設立されました。
創設者25歳の単身での出発でした。
由来、明治—大正—昭和—平成の4代にわたる時代の変遷を経て1世紀、平成31年(2019年)学園創立110年目を迎えます。
これからも、長い間の本学園の教育実績と成果に対する地域社会の信頼に応えながら、広く深く世の中に貢献する女性の育成一筋に取り組んでまいります。

学校法人精華学園は2009年に創立100周年を迎えました。

精華学園創立100周年記念式典の様子

精華女子短期大学は平成29年4月1日に開設50周年を迎えました。

精華女子短期大学50周年記念行事

2017年5月20日精華女子短期大学50周年記念「体育祭」
2017年11月11・12日精華女子短期大学50周年記念「学園祭」(「忍冬祭」)
2017年11月29日精華女子短期大学50周年記念「記念講演会」
2017年12月3日精華女子短期大学50周年記念「コミュニティオーケストラ 第15回定期演奏会」

学校法人精華学園は2019年に創立110周年を迎えました。

Seika 110th history

明治42年(1909)下澤マツ(初代理事長吉田マツ)単身25歳で「福岡高等裁縫研究所」を開設
大正8年(1919)下澤マツ 吉田訓丸と結婚。高い裁縫技術が評判になって「吉田式」と呼ばれ生徒急増、西日本一円をはじめ、台湾、韓国からも入学生
昭和4年(1929)ご法話(仏教講和)始まる
昭和5年(1930)11月初めての展覧会、バザー3日間に1万人を超える来場者で「長蛇の列」以後、長い間福博の名物として賑わうこの頃、「(福岡)市内女学校数え唄」が男性の間で流行、「八つとや優しい心を胸に持つ精華高女のお嬢さん」と歌われる
昭和6年(1931)出征兵士を見送り千人針を縫い武運長久を祈願
昭和10年(1935)鍛錬遠足年間6回、時局がら目的地によっては40キロを超えるハー ドな鍛錬が行なわれる
昭和20年(1945)空襲警報のため卒業式が中断される
昭和23年(1948)精華女子高等学校設置
昭和26年(1951)学校法人精華学園となる
昭和42年(1967)精華女子短期大学開設(家政科=家政・食物栄養)第1回入学式
昭和45年(1970)幼児保育学科設置認可
昭和51年(1976)幼児保育学科に「代表委員会」制度発足以後、現在まで学生の自主運営組織として学校内外で活躍地域の共感を得る
昭和52年(1977)家政科・家政専攻「針供養」以後、毎年の恒例行事として新聞などにも取り上げられて地域の話題となる。短大創立10周年記念式典
昭和58年(1983)厚生大臣より保母養成課程設置認可を受ける
昭和59年(1984)「公開講座」が盛んになり地域活動が活発化
平成1年(1989)精華学園創立80周年記念式典
平成5年(1993)吉田幸滋現理事長就任
平成6年(1994)卒業後の支援「里帰りの会」発足
平成9年(1997)食物栄養専攻初の海外研修(韓国・ソウル)以後 現在までアジア各地での研修が続く
平成11年(1999)韓国崇義(すんぎ)女子大学と相互交流協定締結以後 現在まで相互交流つづく
平成15年(2003)専攻科保育福祉専攻を設置
精華女子短大コミュニティーオーケストラ設立。以後 今日まで10回の定期演奏会など地域で活躍
平成16年(2004)介護福祉士養成施設指定
幼児保育学科定員100名を150名に増員
平成17年(2005)栄養教諭(二種免許)課程認定
平成18年(2006)崇義女子大学に日本語研修を実施
平成19年(2007)精華学園記念館竣工短期大学基準協会による第三者評価の結果 教育研究学校運営など各分野において「適格」との認定を受ける
平成21年(2009)精華学園創立100周年記念式典
平成22年(2010)精華学園歴史資料室新設
井上雅弘学長(九州大学名誉教授)就任
平成24年(2012)中国厦門(あもい)理工学院大学と国際交流締結
文部科学省より「大学問題連携共同推進事業校」に
平成25年(2013)短期大学基準協会による2巡目の第三者評価の結果、教育研究、学校運営など各分野において「適格」の認定を受ける。
平成29年(2017)短期大学開設50周年
平成30年(2018)菱谷信子学長代行就任
平成31年(2019)山田耕路学長(九州大学教育担当理事・副学長
崇城大学生物生命学部長)就任
平成31年(2019)精華学園創立110周年
令和3年(2021)一般財団法人大学・短期大学基準協会による3巡目の認証評価の結果、教育研究、学校運営など各分野において「適格」との認定を受ける
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